こんにちは、コウダプロ新卒1年目の水野です!
コウダプロには、社長発の独特な用語がたくさんあります。
朝の連ドラ理論、弾道理論、出た目が正解、など聞いただけでは何のことかさっぱり分からないものばかり。
(ご興味のある方は『コウダプロ用語集』をご覧ください。)
その中でも本日は、究極の生産性を生むシステム「フォロワーシップ」についてお伝えします。
フォロワーシップとは?
部下が上司に対して発揮するもので、コウダプロの組織づくりの根幹をなすシステム。
部下は「上司は判断を誤らない。誤ったとしたら、それは自分が判断に必要な情報を十分な量渡していなかったからだ。」との前提に立って仕事をすることが求められる。
かつて、上司と衝突して失敗しがちだった代表の幸田は、以前勤めていた会社にて「フォロワーシップ」の概念を聞き、自分が失敗してきた理由を悟ったという。
フォロワーシップは、コウダプロの高い生産性を支えるカギとなっています。
きっと、どんな会社でも「いかに生産性を上げるか?」は大きなテーマです。
なぜなら人口減少社会において、社員1人1人の生み出す利益を増やさないことには会社の利益も増えないからです。
会社の利益が増えれば、社員の給料や待遇もおのずと改善されるはず。
経営者は利益が増えてハッピーだし、社員も給料が増えてハッピー、とwin-winになります。
逆にいうと、生産性を改善することなしに、社員の待遇を改善することはできません。
最近、自由や平等をウリにした組織論が流行っています。
若手の意見を尊重する。風通しがいい。上司も部下も対等に扱う。
コウダプロもこれらの考え方は大事にしています。
しかし、言うは易く行うは難し、とはこのこと。
標語だけがひとり歩きしてしまったり、若者が上司へのリスペクトを失い組織がバラバラになったりしがちです。
ここで押さえておかねばならないことがあります。
それは、「組織の本質は軍隊である」ということです。
どんなにきれいごとを並べたところで、本質は変わりません。
重要な判断を下すのは、いつだって上司。
部下にできるのは、意見することだけです。
上司に歯向かいつづければ、組織における自分の居場所を失うことまでありえます。
フォロワーシップは、組織の本質が軍隊であることをふまえた組織論なのです。
ただし、コウダプロ憲法に「建設的な提言」と書かれている通り、コウダプロでは部下の発言の自由は保障されています。
[建設的な提言]
第十六条
役職の上下、社歴の浅い深いにかかわらず、建設的な提言は何人もこれを妨げてはいけない。
2 提言は礼節をもって伝達しなければならない。
上司には、部下からの提言が正しいと思った際には、保身なき判断に基づいて必要とあらば持論を1秒で変える“柔らかさ”が求められます。
フォロワーシップにおいて何よりも求められるのは「上司を信じること」です。
上司が人として信頼できるから信じるのではなく、自らの役割として上司を信じるのです。
ですから、入社1日目で上司のことをまだ知らない人であっても、上司に対しては「部下であるという役割」としてフォロワーシップを発揮すること(=上司を信じて上司に貢献すること)が求められます。
なぜなら、「上司は偉い」からです。
コウダプロ憲法にこんな条文があります。
[上司は偉いということを理解する]
第十三条
コウダプロにおいて、上司は自分よりも偉いということを理解しなければならない。
2 上司の「偉さ」とは業務を行う上での会社から見た価値の重みであり、人類普遍的な意味においての人間存在としての価値の重みのことではない。いうまでもなく人類普遍的な意味において人間の価値は平等である。
3 上司がなぜ「偉い」のかは、論理的に説明が可能である。是非疑問を持って上司に質問してほしい。「上司はなぜ偉いのか?」と。
コウダプロにおいて、ある人が会社の役に立っているかどうかを判断する指標はただ1つ。
「●●さんがいることで●●さんの上司はどのぐらい助けられているのか?」です。
会社への貢献度合いは、上司を助けた度合いに等しくなります。
会社はその企業目的に照らしてチームをつくり、リーダーを配置します。
基本的にリーダーが成果を上げると、チーム全体が発展するようになっているのです。
それが組織です。
ですので、こんな2人がいた場合…
A:有能だが上司のストレス源となる部下
B:無能だが上司のモチベーションを上げる部下
コウダプロではBが評価されます。
Aのストレス源となる部下はどんなに有能でも上司の負担になります。
コウダプロでは、上司に貢献することが会社やお客様への貢献に繋がると考えています。
ですから、上司に歯向かったり批判したりするのはあり得ません。
万死に値します。
ただし!
これは、上司の言うことは絶対!!!
上司の顔色をうかがって、機嫌を損ねないように。。。
というような忖度社会とは全く異なります!
上司は偉いですし、上司に反発したり非難したりするのがOUTなのは事実です。
しかし、「上司に意見してはいけない」わけではありません。
上司の判断が「間違っている」と感じたとき、まず必要なのは「上司が判断を誤るのは、自分からの情報の質・量が足りないからではないか?」という前提に立つことです。
なぜなら、上司は判断を誤らないからです。
少なくとも、部下よりは「本質的な判断」を誤りません。
判断力が高い人間が上司に抜てきされるからです。
上司のほうが判断力が高い以上、「自分がきちんと情報提供してないから、上司の判断がおかしいんだ」と仮定するのが自然なはず。
例をみてみましょう。
あなたが消防士であるとします。
目の前で火事が起きていて、消火しようとしたところ、上司から「今すぐ帰ってこい!」と連絡がありました。
あなたは迷います。
目の前で家が燃えているのに、消防署に帰れるはずがありません。
意味不明な指示を出す上司に対してイライラがつのります。
ただ、上司の声は切迫していましたし、ただならぬ気配を感じました。
迷った挙句、あなたは消防署に帰りました。
消防署に着くと、「町の外れでガス工場が燃えてんだ!早く消さないと、町全体が消し飛ぶぞ!」と上司が叫んでいます。
帰ってきて正解でした。
もし、上司の指示を無視して目の前の火を消していたら、今ごろ町全体が消し飛んでいたかもしれません。
このように、上司と部下では情報量の多さ、視野の広さが違います。
部下目線で「何だよあの判断、あいつバカじゃねえのか」と思えたとしても、上司のほうが多くの情報をもつ可能性を常に考えねばなりません。
そのうえで、いくら正しい情報を伝えても上司の判断に納得できなければ、直接上司本人に確認します。
「どういった理由でこの判断をされたのか、教えていただけないでしょうか。」と。
その上で出てきた上司の判断はそれが組織としての正しい判断です。
しかし、そこまで聞いてもどうしても納得できない場合は仕方ありません。
「コウダプロ裁判」のスタートです!
コウダプロ裁判制度とは?
部下が上司を訴えることができる制度。
フォロワーシップというシステムのもとでは、部下は上司を信じて貢献することが求められるが、それが上司へのおかしな忖度にならないよう、上司がおかしいと感じたときはすぐに裁判を起こせる権利が保障されている。
裁判を申し込む前には以下の3つが必要となる。
①まずは被告と率直に本音で話をすること
②裁判に臨むにあたって、被告のことを「箱」から出て「人として見る」こと
③裁判に臨むにあたって、自らの主張はコウダプロ憲法に照らして正当なものであるか否か検討すること
「箱」とは?
自分を正当化し、相手を非難したいときに入るもの。
箱に入った状態の人は、自分自身に問題があることに気付けず、すべて相手が悪いように感じてしまう。
裁判の結果、上司が負けた場合には部下の主張が正しいことになります。
また、明らかに上司よりも部下の判断力が高いと判明した場合、その場で上司と部下が交代することもあり得ます。
なぜなら、「判断力が高い」のが、上司が上司たる大きな理由だからです。
上司に正しい情報を与えても上司が判断を誤る場合には即裁判!
これがコウダプロスタイルです。
上司への不満があるのに裁判制度を利用せず、誰かに愚痴る行為はNGです。
上司には、部下が裁判を起こす権利、そして裁判で自由に発言する権利を保障することが求められます。
ましてや、裁判を起こした部下に対し、絶対に意趣返しなどしてはなりません。
上司には人の上に立つ者としての責任があるのです。
コウダプロ憲法第十四条にその旨が記してあります。
[上司は偉いということから逃げない]
第十四条
第十三条において、上司は「偉い」と定義することは、とりもなおさず、上司には部下よりも重い責任、高度な倫理観、人間性の広さおよび深さが求められると解することは当然である。それを伴うことのない「上司の偉さ」は、腐敗した権力そのものである。上司は偉いと自ら宣することは、自らに責任を負わせる行為に他ならない。
上司は大きな権限をもつ代わりに、高度な判断力や優れた人間性が必要です。
自分の意地やプライドに固執したり、保身したりすることは許されません。
また、部下側には上司の判断や指示がおかしいと感じたら、自分の考えを伝えて確認することが求められます。
上司を信じられないのに直接上司に確認しないのだとしたら、それは部下側の怠慢であり、部下の問題です。
自分で勝手に不満をため込み、周囲に不機嫌をまき散らすことは最悪。
言語道断です。
コウダプロでは上司への愚痴を聞いてあげる必要はありません。
さっさと裁判をすればよいのですから。
部下は上司を信じて、徹底的に貢献する。
上司は部下の提言を私心なく聞き、合理的に判断する。
そんな、互いが互いのことを想う双方向性が大事なのではないかと思います。
上司と部下、互いにリスペクトを持って仕事をして行けたら最高ですね。
現実的にフォロワーシップと裁判制度について考えたときに、
・部下が無条件に上司を信じることなんてできるのか?
・部下が上司を裁判で訴えるなんて大それたことできるのか?
・上司が裁判を起こした部下に対して意趣返ししない保証はどこにある?
など多くの困難があることに気付きます。
ぶっちゃけ、フォロワーシップは無理ゲーかもしれません。
おそらく、組織としてフォロワーシップを実践しているのは世界中でコウダプロだけです。
しかし、異常なことに挑戦するからこそ、異常な結果を生み出せるのです。
普通のことをしていては、普通の結果しか得られません。
当然、コウダプロは異常な結果を求めます。
社員全員がフォロワーシップを体現する意志を持って、日々仕事に向きあう所存です!
以上、「フォロワーシップ」についてお伝えしました。
初めてフォロワーシップの考え方に触れるとき、たいていの人は「部下の役割として上司を信じる」ことに抵抗感を抱きます。
私もそうでした。
フォロワーシップの習得においては、「フォロワーシップは”システム”であり”マニュアル”だから、個々人の意思とは無関係に作用する」ことを理解する必要があります。
この理解ができるか否かが習得のカギです。
また、フォロワーシップは難解で、コウダプロ社員でも理解している人は非常に少ないです。
しかし、フォロワーシップを習得できれば、どんな組織でもやっていけます。
理解できなければ、上司に忖度して過ごしていくか転職をくり返すしかありません。
この記事を書いている私ですら、完全に理解しているとは言えないです。
ただ、マスターすると非常に強力な武器になることはご理解いただけたのではないでしょうか。